平成二十三年 (2011) 弥生


2011年 3月 18日(金)  
関東、本日の電車予定


東京電力、計画停電の予定
※Safariでは見られますがExplorerでは見えなかった。。


東日本の天気予報


東北・関東在住の方は節電節電の日々です。
太陽とともに1日が始まり、日暮れとともに1日が終わる。

そう、いっそのこと、時間を世界の時計の定時法でなく、日本独特のものであった、不定時法に戻せばいいのになぁ。
同じ刻でも夏場は昼は長くなり、冬は短くなります。

今でも時々ご心配頂きますが、東京在住のわたしは大丈夫です。

今は何も言葉にできません。

日々の生活の大切さを一刻一刻染み入るように感じています。


2011年 3月 6日(日)  会津屋

平成二十三年 (2011) 如月

2011年 2月 24日(木)  ふくふくふく
購入ひとつ目にて・・・


2011年 2月 24日(木)   たろうさん
「芸術は人の目を気にしちゃいけない、
 絶対に気にしちゃいけない !!! 」

ラジオから、岡本太郎さんの声が何度も聞こえる。

2011年 2月 23日 (水曜日)   ごはんの友達
快飛行家スミス殿に戴いた山椒昆布がおそろしくおいしい。。
しかもお家の人の手作りとか。

昔食べた京の高級料亭土産のちりめん山椒はおいしすぎて忘れられない味なのだが、それに並んだ。

素人とプロって何だろう。
ソレで商売をしていなくても、すごい人は町中にたくさんいる。

2011年 2月 20日 (日曜日)   染めもの
昭和の町に迷い込んで


2011年 2月 17日 (木曜日)   ふくづくし
ジャグリング教室へ行くも、誰も来なかった。。。。ガ〜ン!!大阪時代を含め8年ほど、、、、初めての経験。。。。連絡のあった人もなかった人も含め、たまたま皆がお休みでした。。。しょんぼりしてても仕方がないので気持ちを切り替えCDの音量を上げ、自ら猛練習!!教えるのと、自分でするのとは全然違う。皆が暑がる気持ちや、壁に向かってする人の気持ちがよくわかった。ジャグリングはやはり楽しい。

久しぶりに集中して練習したためか、帰りにとてもお腹が空く。ふぐのコースをいただく。
ちっちゃい○○です、とか、ちょっとしたもんですが、などと謙虚な言葉を添えて運んで来てくださるのが可笑しい。福井のお酒、日本酒の黒龍がおいしかった。覚えておこう。

2011年 2月 16日 (水曜日)   次へ
2011年 2月 13日 (日曜日)   二十年の旨味
芳醇。
なんて豊かな香り味、
ここここんなにもおいしいものが。。。

瑤地古坊・米家風花、二十年陳醸とある。
中国土産(香港製)、二十年ものの紹興酒。

こういう風に 時と仲良く、
ゆったりとふくよかな人で在りたいものだ。。


雪のち晴れ
初めて切り絵を買う。
2011年 2月 8日 (火曜日)   りんごやと根津の甚八
たまたまが今日でよかった。


2011年 2月 7日 (月曜日)   ジャグリング教室 新宿校時代
先日、ジャグリング教室に行くと、東京では初めて教室を開いた時の7年前から2年ほど、今は無き新宿教室に通ってくださったAちゃんがロビーに居た。さとみ先生に会いに来ました〜って、、嬉しすぎるではないか。。。。教室が始まる時間で、更衣室で着替えながら少しお話しした。教室にも来るように誘ったけどシャイなAちゃんは今日は会いに来ただけですからって。もっと早めに行って居ればよかったと悔やまれる。。「以前は早めにいらっしゃってたからもっとお話が出来ると思って」と。。。。ああ、最近がギリギリすぎることも反省。Aちゃんありがとう。。
とってもかわいいお花をいただいた。私は何か差し上げたくて、節分の豆と桃太郎のお面と、140円のホテルパンが100円で買える券(しかも食パン1斤も付いてくる
)を鞄からごそごそ見つけ出した。遠慮するAちゃんにいいからと差し上げて、名残惜しく別れた。豆やらパン券やら、わたしはいつのまにかおばちゃんになっている、、、可笑しくなった。あと「飴ちゃん」があれば、完璧な大阪のおばちゃんだ、笑。
Aちゃんありがとう。


2011年 2月 7日 (月曜日)   今朝の夢 
知り合いのお店へ立ち寄り、「本当は一杯飲んでいきたいんだけれど」などといいながらお金を支払おうとするわたし。断わる店主に、「本当に飲んでいきたかったから、気分だけでもね。また来るからね。」ってお金だけ支払って何も飲まず食べずお店を後にしてたわたし。。。
しかも、ポケットから小銭がじゃらじゃら。普段そんなことしないのに。夢ではおっさんだったのか??

本当は飲みたいけれど、あんまり飲んぢゃダメよ、自分。みたいなところの心理は夢も現実も同じみたいだなぁ。。

着物メモ/1月の投扇興、白河庭園にて

写真が1枚しかなかった。
薄黄色のお屋敷や花車模様の着物。紫縞昼夜帯の裏シンプルな濃紺面使用、お太鼓結び。梅色帯揚げ、濃紫帯締め、黒ビロードロングコート。半襟は白黒小柄和moonもの。


2011年 2月 3日 (金曜日)    ちゅぱかぶらはアコーディオン弾き
時間がない!!

兎にも角にも、、、時間が足りない。

時間の使い方が下手なだけなんだろうと薄々気付いてはいるけれど。。ああ"

自分作りのmyカレンダーの今月の言葉。
「人間の頭にひとたび浮かんだ思いつきは
 実現しないことはない」
by初代田中久重

写真は、アメリカのテキサス州にあったチュパカブラ(人喰いUMA)の絵らしいです。
何を弾いているのかな?
とりあえず節分を楽しもう、恵方巻を買いに行こうっと!

平成二十三年 (2011) 睦月

2011年 1月 27日 (木曜日)  大根と醤油と日本酒と
蕪のようなまぁるい大根を買ってみたら、みごとな赤紫でした。得した気分〜とっても奇麗です。スライサーで危うく指をすりそうになりました。。
(指を剃るとしばらくアコーディオンを弾けなくなるので注意です!経験済・・)

千葉県の香取郡神埼町セットをいただきました。自然酒とフジハンのお醤油です。おいしいのだ!!Hさんいつもありがとう。逆に何か欲しいものが無いか聞くと、「大先生の絵が欲しいです!」と言われた。。ありがたや、、って、いつも`だいせんせい’と呼ばれるのって、逆に馬鹿にされてるよね、、笑。


2011年 1月 25日 (火曜日)  神楽坂出窓物語 〜大寒篇〜終了
神楽坂出窓物語〜大寒篇〜、
今回も満員御礼にて無事終了いたしました。
寒い中お越しいただいた皆さま、ありがとうございました。

終演後、レトロな洋館が突然BARに早変わり、
一緒に飲んだくれてくださった方々、ありがとうございました。

神楽坂出窓物語も今回で3回目、これからもパワーアップしつつ続けられたらと思います。
(写真は2回目公演(夏)の昼公演?。小京都と言われる神楽坂の街並や、アユミギャラリーの懐かしい雰囲気に合わせ、神楽坂出窓物語では毎回わたしは着物を着ています。)

また神楽坂でお会いしましょう。


2011年 1月 17日 (月曜日)  神楽坂出窓物語
今週の金曜日、久しぶりの「神楽坂出窓物語」がある。
詳しくは
Newsページに掲載
←チラシ
しし、しっかし、、、、まだお話を知らない(台本があがらない)。。。

たた、例えば、皆で合わせたりする時間があるのだろうか、、、きやぁ〜

そそそ、即興の技術を強いられるのか????  ひゃぁ〜

ととと、とりあえず、なんか楽器を触っておこう。。。 ふぇ〜〜

どうなるかは (脚本家・演出家 北川原梓)のみぞ知るぅ。。。。

わお〜〜〜!! 

ををーーー

即興演奏のできる人に憧れてはいるけれど、、、ままままさかまさかか、、

日頃さぼっていた成果が丸出しになりませんように。。。。

とりあえず、もう、なんでもござぁれぇぇ〜〜〜

どきどき感満載です。。。お楽しみに・・・


2011年 1月 17日 (月曜日)  阪神大震災
←「震源地」1995年作

当時、新聞の切り抜きで日々の月を切り抜いていたり天文ニュースを切り貼りしていました。1月17日も満月で、その後の満月もしばらく揺れました。

満月の日は早くお家に帰りましょう。。

版画の中の人はよく見るとジャグリングをしているので、当時はもうジャグリングをしていたようです、笑。

そうか、16年経つのかぁ。わたしにはもっと昔のように感じる。当時兵庫県の震度7地域に居た。たまたま目が覚めている時間に起こったのだけれど、瞬間、彗星か何かが地球に当たって、地球が滅亡したのかと思った。わたしは生き残ってしまっているのだと思った。まさかそれが地震だとは思いもしなかった。

今まで知らなかった、人の温かさを知った。冷たさも知った。人を見る目が変わったきがする。町中、地獄絵図みたいに潰れたり斜めになったり歪んでいた。外からやってきて、面白そうに写真を撮っている人を睨んだ。今まで付き合いの無かった近所の方々と協力しあいしました。

電話は繋がらないし、ライフラインも無くなったけど、電気だけは比較的早く繋がった地域でした。水とガスは2週間以上無かった。防災に備え、食料を備蓄しましょうと今朝ラジオで言っていたけれど。水が無いと、食べたいものなんて無かった気がする。お手洗いが使えないのだから。水の大切さは身にしみてわかった。

電気は早くに付いたので、テレビやラジオは付くのだけれど、ニュースなんて信用ならないと思った。嘘ばかりでした。いかに真実よりも遅れているかということ。中央発信だから。目に見える物しか信じられない、すべては自分で考えなければいけないと。テレビを見なくなったのもこの頃からかもしれない。

わたしが役にたったものは大きなゴミ袋(器にかければ水が入るから、雨水も溜められる )、カセットコンロ(お湯が作れた)、大きなリュック(物の持ち運び用。買い出しや洗濯物やお水等)、自転車(混乱の時には車よりも役にたつ)、今浮んだ物はそんなところ。

当時は陶芸に目覚めかけていて、焼き物をしていた。そして、母に少しずつ買い揃えてもらっていた、大好きなロイヤルコペンハーゲンの器たくさんがあった。でも、本当にひとつも残らずに割れてなくなった。そのようなものは割れるとなくなってしまうのだということを知った。その後、物への執着が極端になくなったように思います。

人って本当に弱いのね、、、、しかし意外に状況に応じて人間はたくましくなるのだとも思いました。そう、意外にわたしはたくましかった。しかし状況を乗り越えたその後、普通に生活をできるるようになってからしばらく内側では心閉ざしてしまって変になってしまいました。そんな時に銅版画へちくちくと思いを込められたから良かったのだけど。

遥か昔に感じることだけれど、ニュースで見聞きするたびに思い出す。普段忘れていることなのに。わたしには起こった越えてきた事実なんだということを毎年この時期再認識させられる。
今でも、ほんの小さな揺れでもびくびくぶるぶるるしてしまう。そんな痕跡は消せないのだ。


2011年 1月 12日 (水曜日)  うさぎ勝負!
どうだ??
わたしの勝ちか!?
ちなみにわたしは上です。

たぶん、生まれて初めて蜜柑を買いました。
食べるためというより、剥くために。。

母が濃厚な愛媛ッコで、、、家に蜜柑があふれていました。恐ろしいほど蜜柑をたくさん食べる母。それを見て、逆に食べなくなったわたし。。。。母の身体は主に蜜柑とあんこでできているのかと思った。

十代の頃、映像の学校の方の作る映画の主役に出させていただいて、その題も「蜜柑」という題でした。評論家の方がとても印象に残ったと新聞に写真入りで掲載された。別のセミプロの方の映画撮りはじめくらいの時、もうやりたくないと降りた。わがままでした。当時は人とご飯を食べるのがとてつもなく恥ずかしくて苦痛でした。ファンクラブ会報等を作ってくださる方がいて、、すごく嬉しかったのに、本当は内向的で自信の持てない自分とのギャップに悩んだ。思春期だなぁ。いくら人に褒められようが、自己評価がとても低く、自分を認められないのだ。そう、問題はいつも内在している。あれから少しは成長したんだろうか。

そんなこんなの蜜柑。
また食べよう。また剥こう。また作ろう。
ぴょんぴょん跳ねよう。
うさぎ年、
よい年となりますように。


2011年 1月 2日 (日曜日)  辛卯
初詣の帰り、ピンクのキティちゃんのバスを見かけました。

信号で止まっていたのでなんとなく見ているとはとバスでした。
しかも、、、、

なんと
キティちゃんが乗っていました。
わわ〜〜〜

夜、早くもお節片付けのちらし寿司を作ろうと、錦糸卵を作るために玉子を割ってみたら、、、、、、
今年初の玉子は、、

ふたご玉子でした。
わわわわわ〜〜

またまたびっくり!!!

着物で初詣、とりあえず本年も達成いたしました。4年目位かな?
今年もかわらけで御神酒をいただきました。わ〜い。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

平成二十三年 辛卯 
                                    高橋さとみ

昔のもの
(一部文字化けや消えているものあり)
 

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