平成二十七年 (2015) 乙未(きのとひつじ) 其ノ弐


平成二十七年  長月 3日 (木)  フォルトゥーナ
現在試合中、アジアカップ2次予選、日本がんばれ〜〜

切り絵切りながら、TV付けてしまった..(普段はつけない)

何故ならば、、、一昨日、プラハ→フランクフルト→東京 と帰ったのですが、どうやらドルトムントの香川真司さんと同じ便だった模様。すぐ横を通り抜けるのを見たのです。

アコーディオン教室の人には あれ?先生ミーハーなの?と言われたけれど、、、やっぱり見ちゃうとより応援しちゃうよね〜〜


平成二十七年  長月 1日 (火)  短い夏休み
短い短い夏休みから戻りました.
何度か再配達されて来た荷物は、初の兄からの荷物。
なんだろう???と開けてみると、お兄の本でした.
お兄ぃよ、妹にまでもマメに動きますなぁ、笑!
なんだか名前が変わった気もしますが、、、、、楽しんで頑張っているようで何よりです。

ところで、Prahaから戻りました.
とても短い期間でしたが、久しぶりの海外旅行。
9月半ばまでバタバタしていますが、ゆっくりでもチェコ旅行記UP出来ればと思います。


平成二十七年  葉月 22日 (土)  満中陰に パパへ
父高橋敷が亡くなって四十九日。もわもわとした期間でした.
13年8ヶ月、母は話せぬ父にひとり話しかけ続け、病院では可哀想と付きっきりで完全介護をした.病院に行くと薬漬けになりいつも更に悪化して危篤になったりなかなか外へ返してくれないからだ。母は在宅介護を応援する先生をつけてお薬を最低限に自己治癒能力を最大限に活かした自宅介護生活を選んだ.母の休息は1年に1度だけ超短期に病院へ預けて1〜2泊くらい東京に遊びにくるくらいだった。

父は寝たきりといってもとても重度で、居ることすらとても大変そうだったので、頑張らないといけない状態で日々が戦いでした.初め右手が少し動いた頃は身体のチューブを外そうと何度かしていたけれども、きっと母の一生懸命の想いに頑張ろうとあきらめたのだろうと思いました。母は父をとても愛おしそうにお世話をしていた.そんなに仲の良いことを今まで知らなかった.

今回は3度目の脳梗塞で、しかも今回は名古屋の別宅で父が大学の仕事を終えて大阪の家へ向かおうと靴下を片方履いたところで倒れた.母は連絡がつかず、翌朝名古屋へ向かったけれど、時間が経ち過ぎていた.

2度目の脳梗塞もかなり大変で、良くなっても右半身麻痺は覚悟をしてくださいといわれたけれども、父は頑張った.ろれつのまわらないしゃべり方でも、書けない文字でも必死で訓練してた。もともと人前で話す講演や執筆業も好きでしていたようだから。しかしまだまだ仕事復帰は無理だろうと思っていた頃に半年か1年位先の話しとして愛知県の大学からの依頼があり、当然普段通り断わると思っていたら、母を通してだけれども父はその仕事を受けた.驚いた!わたしから思うと全然無理そうに見えたのに、、、、それを目標に復帰したかったのだろう。そしてそれにむけて実際壮絶な猛特訓をしていた。その頑張っている姿を目の当たりにし、娘としてたぶん初めて尊敬の念を抱いた.すごい人だと。そして本当に仕事へ復活した.

そんな事があっての今回であったので、いつかそのときが来るのはということは頭ではわかってはいたはずなのに、それでもこの世界に居ると思っていたから、居なくなるということがわからなかった。

お葬式の時もその場に居るのに、目を開けないで優しい顔しているのに、なんにも動かないのがわからなかった。

身体ってなんだろう。
魂ってなんだろう。
心はどこにいったんだろう。
今まで築いてきたことは消えてしまうのか。

今はパソコンの発達した時代だけれど、父の仕事の全盛期は完全に昭和の時代でした。なのでメディアにもレギュラー連載、いろいろ出ていた人なのですがインターネット上ではほぼ何も残っていません。自宅でのTV録画も何故かベータビデオでした.(途中から出遅れてVHSに)

わたしの生まれるより前は宇宙物理学者で、後に教育評論家に転身しました.宇宙物理学者の頃は海外赴任が決まったときの、「日本の頭脳を海外へ輸出!!」という新聞記事を見たことがあります。

最期はずっと寝たきりの父だったけれど、それでもが父が亡くなったことは訃報の記事に出て、さすがだなぁと思いました.最後もやっぱりカッコイイ父でした。
それでも記事と言っても訃報だし、、、とわたしは読売新聞と朝日新聞しか入手しませんでしたが、母は弟に図書館で調べてもらって、地方新聞までコピーをとってきてもらっていました.母すごい!愛深し!
i Padの壁紙に父と母のヨーロッパ旅行の写真を入れてあげたらすごくすごく嬉しそうでした.やっぱり仲いいね。

高橋敷(おさむ)訃報を掲載してくださった新聞。生前は大変お世話になりました.
YAHOO! ニュースにもでたよって兄からきいて見ました。
さとみもパパの娘として恥じぬようもう少し頑張ります。
(ただの噴水落ち娘では終わらせられない〜〜)


平成二十七年  葉月 10日 (月)  花火
8月8日は大阪淀川の花火大会の日だったのですが、、雨が少し降り雷が。。。急遽屋上BBQは室内会場へ。音響は間に合わずその日は室内練り歩き演奏に変更。おひねりまで頂いてしまう。そして演奏後もずっとついてくる女の子達。かわいい〜
楽器を片付けた後もおねえさんおねえさん、おねえさんおなまえは?とついてくる、、、かわいいね。ほんわか。

その後、楽しみのひとつ、おいしいハイアットさんのビュッフェをいただいたあと、、、、まさかまさか、、

自販機に向かうわたしは先の道しか見ていなかったのだろうか!? 携帯もいじったりしていないのに。一瞬にして水場に落ち高場で顎をうち身体が崩れ落ち全身水浸し。一瞬で何が起こったかもよくわからなかった.血が見えた.ホテルの方が来て血をタオルで抑えてくれ水浸しの身体にタオルをかけてくれ、、、、皮膚ガ切レテ離レテイマス、キズ深イデス、タブン縫イマス、救急病院電話シマス。

浅い水場のはずなのに顎を打ち付け両膝を打ち左脚の付け根と胸元に擦り傷。たぶん一瞬で崩れ落ちたのか全身ずぶ濡れ。。部屋で濡れていない服に着替え、救急病院へ運ばれるの巻。。。。なんてこった。。。。

しかし、ハイアットリージェンシー大阪のホテルの方の対応が素晴らしかった.特に最初にかけつけてくださった女性は翌日、、、、荷物を預けにいったらいらっしゃって、タカハシサン元気ニナッテ良カッタデス、昨日カラ心配デ心配デ、、、と涙ぐんでくださっていた。

なんちゅう間抜けなわたし、、、、、打ち所が違ったらもっと大惨事になっていたかもと言われる。。。

その日の2回目は弾きたい弾きたいと言ったのですが、救急病院へ向かうことになったので演奏出来ず、、申し訳なかった。。。頭は大丈夫だったので演奏したかったけれど、今考えるとそんな状態で弾く人を見るのは退く。。病院へ向かう車の中、淀川の花火が少しみえました。

まさかこの写真の数分後に・・・


平成二十七年  葉月 6日 (木)  弾丸大阪路 3
2日目衣裳、自撮り。(痛いね、ハハ)
予備衣裳を持っていってよかった〜汗だくになりました。2日目は肩を出して大人っぽく姐さん風。黒柳徹子さんお下がりの衣裳です。少し徹子さんパワーをいただきました。

2日目夜、小さな男の子がステージ脇にも練り歩いてもずーっと付いてきて可愛らしかった〜。それを面白がって写真を撮る人もいたくらい。

終演後しばらくして再び楽器もって音響のJsonさんに撮っていただきました。初日はカメラで一部も二部もたくさん写真撮っていただきましたが (一部は夕刻の日差しの中、二部は日が沈んで風が心地よく流れています)、、、
カメラ画像がこの古いパソコンに入るのは随分先になることでしょう〜〜


平成二十七年  葉月 5日 (水)  弾丸大阪路 2
初日の衣裳は だあしゑんか にちなんで、昔のチェコ娘風。
年がいにもなく、、ですがそこのところは置いておいて。

写真を見て、左手が左側にあることが嬉しい!!!!
半年前は上にも左にも動かなかった左手が左腕が。
楽器を持ち、弾けるまでになりました。
立奏もしました〜


平成二十七年  文月 31日 (金)  弾丸大阪路
それはいつも太陽のようなミスサリバンさんの電話から始まった.

「さとみちゃん腕治った〜?」
うん、一応演奏復活しましたー。今東京?
「大阪大阪。治ってよかったー。
 じゃあ今週アコーディオン弾いてみーひん?」
? ? ? 今週? ? ?

ひぇ〜!! 行ってきます。

ハハハハ ハイアットリージェンシー大阪へ〜〜

ハイアットバーバキュー2015
1日(土),2日(日) , 8日(土),9日(日)会場にて。

未だ少々ガクンガクンしている左首肩腕、持ちこたえてくれ〜〜
メイン楽器は黒10Kgから白9Kgに変更したけれど、
やっぱり立奏には重いなぁ〜〜〜
今更ながら、身体を鍛えた方がよいのかなぁ?

ちなみに今週末花火大会に行く予定だったので、チケットを友人に差し上げることになりまして、郵送。
が、、、何故か封書なのに52円切手を貼ってしまう。。。。
喜んでもらえてよかったと思っていたのに最後に罪悪感が、、どこまでもまぬけな自分にショック!!そんなオチはいらんって!!


平成二十七年  水無月 23日 (火)  変な踊りの映像も観たよ
マスク展を観に行きました.全部フランスの美術館から借りてきたもののようでしたが、展示は以前六本木の美術館で行われた大阪の民族博物館のものの展示のしかたの方が圧巻でよかったかな〜。身近に感じていたマスクがいちいち仰々しく箱に入っている上.美術館自体が美術品なので、壁に触ったりもたれたりカーテンを触っている人が怒られてるのを何度か目撃。

しかしここ庭園美術館はドレスコード割引なる物がありまして、以前大正ロマン的な展示の際はお着物割引があったりしていたようなので調べると、今回はマスク割引があるようで。今年染めの小道で購入した着物地のマスクを鞄に潜ませてドキドキ.チケットを買う際に周辺にそんな方は居なかったのですが勇気を出して聞いてみると、風邪用のマスクではあかんよ!的な冷たい視線、、、、で、鞄からチラリとマスクを出してみると、ドレスコード割引ですねと言われ、わぉ!
いけた!!たかが100円なのですが、割引でなく、なんだかこのマスクがマスクとして認識されるのかが知りたかった.
やった〜! ほっ。

だあしゑんか の ハロウィンあたりでこのマスク使用しようかな。  

小さなマサイくんもgetです.笑ってる〜


平成二十七年  皐月 22日 (金)  18日のこと
母が東京に来た.スカイツリーに行きたいとのことで、ふたりでふらりふらり。平日だったがチケット購入まで35分。まだまだ人気ね.
中の450m付近で朝の番組とかで枡アナウンサーにインタビューされかけた。が、2
度目だと発言した為になくなる。。。初めての人に密着したかったそうな〜。 声をかけられた時は話しながらも心の中で(お化粧してくればよかったな〜すっぴんだー)と思っていたことがなんか可笑しかった。そんなこと瞬時に考えてしまうのね。

知らない人が写真を撮りましょうか?と声をかけてくださり撮っていただいた。親切〜。昔から何故か母といると人からよく声をかけられる。

富士山は見えなかったね.でも楽しそうでよかった。足腰も元気でよかった。たくさん歩いたね。


平成二十七年  皐月 8日 (金)  永き日・・
さらばガラ携。

その昔、携帯電話を持つのが嫌で、なかなか持たなかった.
かなり時間を要したけれどいつの間にか人並みに持つようになり。

それでもあまり携帯を触らないのでガラ携で十分で。
でも、、、スマホになっちゃった。
あ〜あ。嬉しくもあり寂しくもあり。
これからもその機能はあまり活かされなさそうだけれど、、
写真をきれいに撮れそうなのが嬉しいな。

エロール・ル・カインの魔術展に行きました.
最後のガラ携のトップの画像はMYアコーディオン切り絵でした。
ストラップはフエキ糊くんとサブクマ〈アコーディオン〉。


平成二十七年  卯月 23日 (木)  アコーディオン演奏再開
本日快晴。なんだかそれだけで嬉しくなる。
四ッ谷三丁目のチェコ料理店〈 だあしゑんか
19:00より

4月23日(木),5月15日(金), 5月28日(木)


平成二十七年  卯月 22日 (水)  ジュリー
昔、沢田研二さんの歌で、

「言いたいことは椰子の実の中〜、
 言いたいことは椰子の実の中〜♪」

と歌っているものがあって、当時のわたしには衝撃的で。
わたしも上手く言葉を伝えられる方ではないので、
いろいろな思いは外へ表せず身を潜めて消えてゆくことも多いのですが、
椰子の実の中は考えもつかなかったと。。。
お気に入りのフレーズのひとつです。

で、なんとなく集まった椰子の実もの。

右は言いたいことを肩から下げて持ち歩くこともできるヤシの実バッグ。
左は昨日登場、言いたいことを音で奏でちゃうヤシの実カリンバ。
グアテマラ産とイギリス(大英博物館)産です。
カリンバはお土産でバカボンパパ系おっさん顔が愛らしいです。


平成二十七年  卯月 18日 (土) リベンジ
先日は銅版画の石膏刷りに失敗、しょんぼり。
混ぜが甘かったために中央が白く抜けた.
今回は、、、、まぁまぁ成功。。危うかった・・。でも縁取りのレリーフ仕上げがちょっと可愛いらしくなり嬉し。

歯医者さんに検診に行こうかな。石膏売っていただけるかなぁ〜。

なんだか今日はぽっかぽか。衣替えしてみました。

昔のもの
(一部文字化けや消えているものあり
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