平成二十六年 (2014) 甲午(きのえうま) 其ノ参


平成二十六年  師走 二十五日 (木曜日) メリークリスマス& Happy New Year
今年は映画館で沢山映画を観ました.数えると30本以上も。
古いものもあるけれど。
たくさん観ると、好きな映画と、賞を穫っている映画というのはまた違うんだな、と思えて来ました.

好きだった映画

トゥ・ザ・ワンダー(米),タイピスト(仏),少女は自転車に乗って
(サウジアラビア・独),ムードインディゴ(仏),追憶(米),ベニスに死す
(仏・伊),シェルブールの雨傘(仏),PLAY TIME(仏),Parade(仏)、トラフィック(仏),ぼくの伯父さん(仏),鑑定士顔のない依頼人(伊).ちいさいお家(日本),マダム・イン・ニューヨーク(印)
・・・なんとなくフランスものが好きなのかな??

いまひとつ体調が整わず余裕のない日々なので、
しばらくこの Jabberwocky の頁をお休みします。

良いお年をお迎えください。

                     高橋さとみ

ホッチキス ワニくん


平成二十六年  師走 二十四日 (水曜日) クリスマス イヴ
クリスマスカードが届く。まるでアコーディオン〜
ピジーニ社のアコーディオン。カード自体も蛇腹に。素敵素敵。
紙質がなんとも本物感を醸し出している。

早くアコーディオンを弾ける身体になりたい。身体を伸ばしたい。左手先に力を入れても痛くないようになりたい。左腕を使うと取れそうにに痛くなるの終わりたい。しかしじっとしていても重くなるから、常に家では身体を動かしているちょっと変な人だ。日々上腕二頭筋を鍛えるために玄関ドアを開けたり締めたり。昨日も疲れ過ぎて駅で、道で、常に身体を動かす変な人に。。見た目に出ないからわかりづらいから、頑張ればいけるかと少し弾いてはみたけれど、逆にまたすぐに大変な状態になったので、再びアコーディオン休暇。。なんとしても治したい。。整体などは、、、、結局は元気な人がおかしくならないように気をつけて行く場所だとようやくわかる。。おかしくなってから治る場所ではないんだ・・

今年のアコーディオン教室最終日、生徒さん達からいろいろ戴いてしまう。。ありがとうありがとう。。。
現在アコーディオンも持たずにセンセイしているダメ講師なのに。
教室にピアノがあってよかった。(ピアノ素晴らしい)

とっても元気をいただきました。
レトロなアコーディオンバッヂすごく可愛い〜

弾けなくても尚アコーディオン愛し


平成二十六年  師走 十日 (水曜日)  大東亜戦争、零戦、生きる・・
開戦日が誕生日なので意識してしまった.その日から一気に読み上げてしまった.戦争ものは映画でも本でも、悲しいのがわかっているから避けてしまうんだけれど。よく映画の宣伝で「泣けます!」なんて宣伝しているものは信じられない、泣きたくなんてないから見たくない。
でも、、、なんだかこれは気になって図書館で借りてみた。2百何番か待ちで。

百田さんは、探偵ナイトスクープの放送作家さんだから、大好きな番組というのもある。今でも、東京のローカルTVで大阪より遅れて放送されるものを録画して見ている。

昔の日本の駄目だった国家体質や良くも悪くもある切ない日本人的な気質、いろいろと。読むと心の育つ本だと思った.主人公の宮部さんに魅かれるとともに、自分の祖父母についても思いを馳せた。きっと戦争の時代を生き抜いた人だからわたしが居るのだ。

生きていたら、皆100歳を超えている。特に父は遅めに結婚したから。戦争の話は聞いたことがない、父からも祖父母からも。先日母に少し聞いてみると、母は愛媛で子供だったから疎開もしていないけど、飛行機がびゅんびゅん飛んでで焼けて街が燃えてたと。母が言うには父は大阪の学校で焼けた死体等を運んだりすることをさせられていたのがとても大変だったと言っていたのを聞いたと聞いた.また聞きだ。

祖父は母方も父方も校長先生だったとしか知らない。たぶん戦時中だとまだ校長にはなっていないだろうから、教員だったのだろう。ドラマで見たように、突然国の方針で教えることが変わったり、教科書に線を引いたりしたのだろうか。戦争には行ったのだろうか?教員は少し赤紙は遅そうなイメージはあるけれど。春や秋に新聞に載って国から勲何等とか、瑞宝章だとか賞与をもらう物があるけれど、菊間のじいちゃん(母の父)が載っているのを昔みて何で??って聞いたら当時母が、「昔の校長先生は皆もらうのよ〜」と言っていた.そういうのも戦争の影響もあるのか?

そういえばアコーディオンを習った故金子先生は、お元気なときは綺麗な女性の話や人生美学のようなものを語ってくれたが、調子の良くないときは自分は戦争の生き残りだ、みたいなことを口にした.

切り絵を教わった故山室正男先生は、きっといま生きていらっしゃると100歳以上だ.80を過ぎてロッククライミングをする元気な方で。なくなったら献体をすると言っていたのを聞いて、、若かったわたしは是非ともやめてくださいと何度も言ったけれど受け入れてくれなかったのは、もしかしたら度々の生死の境を見てきたからかもしれない。

いま住んでいる東京の自宅近くに東洋大学があるが、母が家に来た時に、「ここは浅波じいちゃん(父の父)が通っていたところだよ」と聞いてびっくりした、愛媛の人なのに。。少し見守られている気がした.明治生まれの重太郎さんだ。「昔はね、ぼんぼんは誰でも大学入れたのよ〜」と母は笑ってた.母曰く、愛媛のぼんぼんだったとか。そのおじいちゃんは当時高級住宅地・別荘地であった大阪堺の浜寺に家を建ててもらい、父を含む子供たちと暮らしていたとか。戦後は食料難になり、持っていたテニスコートやらの施設を農地にしたがやはり大変になって、親の元、愛媛に帰ったと。父はだから堺市に住みたかったんだと今頃に知る.

父や祖父母のことをなんだか熱く想ってしまいました.。。

祖父母の顔は今でも鮮明に浮かぶ。母を大切にしないとと今更ながらにあらためて。。この年末も菊間のばあちゃん(母の母)のお重箱でお節を作ろう。

切ないけど、心掻きむしられるけど、深い温かさの残る本でした。
今ある大変なことなんて、なんてちっぽけなことだろうって。
海賊と呼ばれた男 も読みたくなりました.


平成二十六年  師走  一日 (月曜日)  
銀座 MIKIMOTO のクリスマスツリー、今年も人がいっぱい。
楽器を練習したいのに左腕が全く弾ける状態にない。お店で弾いた日、意外と動いたので調子に乗って翌日も練習すると、夜に激痛。。その後丸2日腕を休めるも、楽器を触れられるまでにはいまだならず。。

痛過ぎて整骨院に駆け込む。筋繊維がまだやせ細っているので無理はいけないと言われた.上腕二頭筋が吊る。。いたい。上腕三頭筋と前腕も痛い。以前のように可動しないわけではないが痛みと疲労感が激しい。

クリスマス曲は数曲にしぼって、楽器に触る練習最小限にできるよう、音符を歌って覚えようか。両手のペーパー鍵盤を描こうか。それはそれで楽しいかもしれない。

楽器を弾きつつ、当面腕の様子も伺いつつ。普通の状態に戻るまで長丁場になるかもしれないな。


平成二十六年  霜月  二十六日 (水曜日)  好き好きアコーディオン
明日より、しばらく休んでいたアコーディオン弾き 復活します。
色々な考え方があるとは思いますが、アコーディオンはとても偏った特殊な動きを要するため、その偏った部分の筋肉疲労をほぐすことがとても大切なのだ、と思います。
楽器もある意味スポーツのような要素も含まれており、独特の動きで一部分の筋肉を使う以上、その疲れた筋肉に対してのケアも必要ということ。
教室を持つ身でお恥ずかしい限りですが、今後に活かしていければと思います。

今回、左の肩と腕と手が痛みとともに短期間で徐々に動かなくなり力も入らなくなり、力を入れようとすると激しい痛みがでました。すごく驚きましたが、思い起こせばそのひと月半位前から楽器を弾く際にかなり痛みは出ていたので、身体が悲鳴をあげているのに私自身がその兆候に気付いていたにもかかわらず、なんのケアもせずそのまま酷使したことがこんな結果になってしまったのだと思います。
ある程度の年齢になれば、身体の疲れはいけません!身体の出している悲鳴を無視してはいけません!(気付くのおそいですね〜)

楽器を始めて、ひと月以上こんなにも楽器を触らなかったのは初めてです。楽器に手を置くカタチすらとれなかった。このまま弾けなくなるかもしれないと思いました.日常生活にも支障をきたすようになり、出来ていたことがどんどん出来なくなっていくのは切なかった。

整形外科、整骨院、整体へ行きましたが、それぞれ言われることが少しずつ違います。鍼がよいと言う人もおり何が合うのかは人それぞれかと思います。整形外科のリハビリは一度見ただけで、これでは当面治らないだろうと二度目は行きませんでした。処方していただいた血の巡りを良くする薬も胃には悪いようなので飲まず。整骨院は一時的に身体を楽にしてくれました。行った整体がとてもわたしに合っていて幸いでした.整体に行くたびに少しずつ動くように、力が入るようになりました。(お値段が高いのが・・)左半身の血流が悪く、左右の手の温度がうんと左側が低いと指摘されました。。。
身体が苦しくて、そしてちゃんと動きたくて、身体、筋肉、ストレッチ、など健康本をたくさん読みました.行った整体の施術系統を調べて自分でもケアできるようにと本を買ったり図書館で借りたり。

今朝から自分に出来ない動き、動く右側とどうカタチが違うのか、どう動かしたいのかをずっと考えていました.考えながらストレッチしてみると、、、急にいちばんやっかいだった最後の大きな砦の出来なかった動きができるようになりました。固まっていた肩が突然解けました.びっくりしました.ストレッチは表面的な身体を動かすのではなく、構造を考えて骨・筋肉・筋膜・呼吸など全体の動きを感じて動かさないと意味があまりないのね〜と、一瞬で実感!
残りあとすこし〜、、筋力はまだ〜
この先治っても、きちんとケアは続けていこうと思います。
アコーディオンの演奏フォームも少し変えました.血流の悪いわたしには冷えも大敵なので、密やかにたくさん着込もうと思います。

身体が自由にならない折も気持ちは楽しく過ごそうと思っていましたが、
ココロもしょんぼりとしてしまいました。。

写真は 昨年 銅版画(エッチング)で描いたアコーディオン
〈Un Homme et Une Femme 〉より

アコーディオン大好き。


平成二十六年  霜月  十七日 (月曜日)  気分転換
いつ頃からかある真っ黒の帽子。被ることなく、処分することもなく。

そこでちょっと変身させてみました。

ベルト&コサージュを付けてみた。

コサージュを作ったのは初めて。
失敗したと思っていたけれど、この帽子に合わせるとぴったりな気が。

コサージュも帽子も喜んだ。よかった。


平成二十六年  神無月  八日 (水曜日)  首と月食
最近は身体が〜〜〜

左側のドアを左手で閉められない。左側のものを取れない。
洋服の脱ぎ着に左側に激痛がはしる。うまく力が入らない。
アコーディオンの蛇腹が上手く引けない。。
左手が左側に行かないのです。でもアコ弾きたいから〜〜
楽器に左腕を通す時にまず肩に激痛が、、、誤摩化し弾くには
身体を左側に向けるとなんとか弾けるのですが、整骨院に言われたのは逆にしていかないと、それでなくてもそちらに歪んできていると。。。

で、今日は思い切って整形外科へ。(ああ、、病院コワイわたしが。。)

そして、レントゲン。。自分の骨顔を少し見た.ガーン。
大変なのは腕と肩と何度も言ったけれど、原因は「首」だと。

首は普通弛んで曲線になっているのに、直線になっていると。
ゆとりのない首。。。

で、びよ〜んと牽引されました。しかし、なんともしょんぼりな姿。。。
最初だから6kgにしましょう〜って。何キロまであるのかな。

意外と、ずいぶんと楽になって帰りました.センセイすごい!
また行きます。

今日は皆既月食、たのしみ!

ぽっつ〜〜ん・・・・

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